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幻冬舎 社長 見城徹が少年aの絶歌を出版しなかった理由とは? [社会]



2012年の冬のことだったらしいです。
ある日、幻冬舎に一通の手紙が届いた
というのです。


その手紙の送り主とは
少年aことサカキバラからだったのです。


その手紙を読んだ
幻冬舎の社長 見城徹氏は
その翌年に 少年aことサカキバラと
面会したというのです。




少年aは本を書きたいと
見城徹氏に思いを伝え その後
執筆が始まったというのです。


当初は その少年aの
書いた本を出版する計画で話は
進んでいたようなのですが ・・・


しかし今年 2014年に
入ってから見城徹氏は
この本を出版しないことに
決めたようなのです。


その後 見城氏が
自ら太田出版を紹介したと
言われています・・・・



さてその真偽とは?
理由とは 何なのでしょうね ww



見城徹氏は この2年ほどで
少年に生活費として400万円
貸していたとも 噂されています。


それだけ 少年は
生活が苦しかったのでしょうか?


もしそうだとしたら


その生活のために
本を出すということだったのでしょうか?



そうなると 


その本を書くという意義自体が
根本的な部分自体が
揺らいでしまう ・・・


なので 少年aの本の出版に
疑問を持ったのでしょうか?
ためらったのでしょうか?




 幻冬舎 社長 見城徹氏は 文春にこう答えた? 



幻冬舎 社長 見城徹氏が
そのことに関して
文春の取材に答えられたようです。


さて ここからが本題ですが
(ここから 追記です))


見城徹氏が何故 自身の会社
幻冬舎から出版しなかったのか?


ずばり書きますと
こういう理由からだったようです。


見城徹氏が言うには
少年aの手記を出版するために
越えなければならないことが3つあると
考えていたというのです。


まず1つ目は 
彼が本当に贖罪意識を持つこと。
罪を反省し、それでも生きたいという思いが
きちんと世間に理解されなければならない


2つ目が
二つ目は実名で書くこと。
これだけ被害者のことも書くわけだから
自分だけ匿名というのは通らない


3つ目が
遺族の方に事前に挨拶をすること。
許可をいただくのは難しいかもしれないけど、
出すに当たっては筋を通さないといけない


これら3つのハードルを
越えるには あと2年は掛かるのではと
思われていたらしいんです。



しかしながら 少年aとの
本の執筆や編集などについては
かれこれ もう2年ほど続けている
その状況の中で これ以上続けるのは
「心の中が苦しくなってきた」


ということだったんです。





その本の執筆や編集についての
やりとりの中では以前
このような事があったといいます。


当初から過剰な自己陶酔と思える記述が
多かった少年aの手記について
見城社長いわく


『いつも自分が犯してしまった罪と罰にのた打ち回っています。
そういう毎日でした。だけど十四歳であのような行為が
出来た自分に対して、いまの自分が激しく劣等感を
抱いていることは確かです』

『君が今生きたいと思っているのと同じように、
 被害者の方々も思っていたはずだ。
君は、生きようとする二つの命を奪ったことを
深く反省しなくちゃダメだ』


少年a
『それがまだ伝わっていないのは申し訳ない』



このような会話が
以前からあったと言う事実を見ても
分るように


この3つのハードル
クリアされる可能性が極めて
低い状況であると考えられますよね・・・


当然 見城氏もそう思われたんでしょう


また
少年aが とにかく絶歌を出版することに
強い執着心を持っていたため
もし出版しなければ 今後自殺するのではないか?


そのあたりも 特に気になっておられたようです。


なのでこれ以上 この状況の中で
続けていく訳にはいかなくなってきたと
感じられていたのでしょう・・




 太田出版を紹介 



なので 見城氏は太田出版など3社ほど
彼に紹介したということのようです。


そして 少年aは3月に
太田出版で出させて欲しいと
言いだしたというのです。


また印税について 
いろんな噂が流れていますが
やはり少年aは 現在かなり生活に
困っているようなのです。


なので この絶歌の印税収入を
損害賠償に充てることを
本の記述には含まなかったのでは ということです。


少年Aの印税収入ですが
一定の部数に到達しないと
通常の10%もないくらいの
印税だということのようです。


幻冬舎 社長の見城徹氏が
少年aに貸したと言われる400万円
現在 太田出版が立て替えて
おられるらしいです。


まずそのお金を返済に
充てなくてはなりません。


その後 残りの印税の一部を
賠償支払いに充てるつもりなのではと
言われていますが(事情通のメディア関係者)


また ご遺族の方に
何の連絡もなく出版したことについては


少年aは 
絶歌の出版を反対されるのを
ものすごく恐れていたためのようです
出版することに対して強い執着心を
持っていた彼の最も恐れているのが
それだったからなのです。



見城氏は 今回のこの本の内容にについて

『反省しているように見せているけど
結局はお前、書きたかっただけだろう』
と思われては いけない事なのは
誰が考えても分ること


だから そういう意味でもっと彼に対して
「迫らなくてはいけなかった」と無念の気持ちを
持たれておられるようでした。


そして やはり本当は
編集者として、彼の本を出したかったと
いう気持ちがあるようです。


これで 
幻冬舎 社長 見城徹が絶歌を出版しなかった理由についてを
おわりにしたいと思います。

ありがとうございました。




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